一首評〈第165回〉

雪舟えま『たんぽるぽる』(短歌研究社、2011)

会社員の娘なのに家のことおもいだすとき一面の草

 『たんぽるぽる』の巻頭に置かれた連作「道路と寝る」は札幌から東京に越してきた主体の東京での暮らしを描いた連作で、これはその中の一首である。札幌の会社員の娘である主体は実家のことを思い出す時一面の草を思い出す。「なのに」という因果関係が意味の上では(北海道の)農家でもないのにということだと分かるが、言葉の上で不思議な空気感を醸し出している。また、二句目の字足らずとひらかれている「おもいだすとき」が、この一首で想起される主体の子ども時代や札幌にいた頃への感慨と響き合っている。
 とても私。きましたここへ。とてもここへ。白い帽子を胸にふせ立つ。/「道路と寝る」『たんぽるぽる』
 東京の道路と寝れば東京に雪ふるだろう札幌のように/同
 青森のひとはりんごをみそ汁にいれると聞いてうそでもうれしい/同
この連作は土地がかなり意識されていて、主体が今いる東京、前はいた札幌、知らない青森、とそれぞれの土地からかえって〈今、東京にいるわたし〉が鮮明に浮かび上がってくる。

寺元葉香(2024年10月15日(火))