一首評〈第115回〉

平岡直子「Happy birthday」『早稲田短歌四十一号』※朝日新聞「あるきだす言葉たち」欄二〇一一年二月一日掲載

セーターはきみにふくらまされながらきみより早く老いてゆくのだ

きみ(おそらく恋人であろう)が着ているセーターを詠んだ歌である。一次的な意味は、読んだまま、「セーターは君に膨らまされながら君より早く老いてゆく」つまり、セーターを「きみ」が着ることで、セーターは君の形に膨らまされる。しかしセーターの寿命のおとずれや老朽化の流れは人間である君よりも早い、という単純なものである。この事実が内包しているのは、セーターだけでなく「きみ」と関わっているものは全て、もちろん作中主体自身でさえも、「きみ」といつまでも同じ時間を共有し続けることは不可能である、という認識が背後にあるのではないか。

セーターがきみにふくらまされながら、きみより早く老いていく、のと同じように、作中主体自身も、「きみ」と共に過ごすことで、時間を共有しつつ、しかしその時間が永遠ではなく、別々の速度で別々の場所へ向かっているのだ、という意識が、セーターについて作中主体のこのようなとらえ方を生み出しているのではないか。

また、同連作の

背表紙にただ触れて去る本があることも真冬のスタンプカード

ここにも、長い時間の中での対象との一瞬の巡り合せと、共有する時間の縁の脆く儚い感覚を歌から味わうことができる。

最後に第二十三回歌壇賞を受賞した作者の受賞作から関連性のある一首を挙げたいと思う。遅くなりましたが歌壇賞受賞おめでとうございます。

靴下で砂を踏みつつ永遠に着られる服がほしかったのだ 
               平岡直子 「光と、ひかりの届く先」

小林朗人 (2012年4月23日(月))