光森裕樹 『鈴を産むひばり』
そこだけがたしかにひぐれてゐる窓辺きみは林檎の光沢を剥く
『鈴を産むひばり』は美しい本です。さわってもひらいても心地良くて、すっとなじんできます。
部屋の中からだと、窓枠に切り取られた小さな風景ただそこだけで日が暮れていくように見えます。「世界」という規模で考えると、ふたりがいる部屋は取るに足らないくらい小さな小さな空間です。それなのに今、「きみ」が林檎を剥いている部屋こそが主体にとっての世界すべてであり、現実の「世界」は小さな窓に映る小さな日暮れに過ぎない、というふうに逆転してしまっています。またそれは部屋の明るさと窓の暗さという対比によってさらに浮き彫りにされます。
皮のついている林檎はつやつやと光沢があります。窓辺が昼間の光を失ってゆくのと同時に、林檎もその光沢(=皮)を剥かれ、この歌では二重に光が失われるにも関わらず、何か幸福な余韻があります。
大森静佳 (2010年10月13日(水))