一首評〈第56回〉

俵万智 『もうひとつの恋』

何もかも<ごっこ>で終ってゆく恋のさよならごっこのほんとの部分

ものすごく痛いところをついてくる、そんな歌だと思う。ひとつの恋が何もかも<ごっこ>であること。そんな状態のままに終ってゆくこと。にも関わらず最後にはほんとの部分が待っていること。そんな救いのなさが、畳みかけるように突き付けられるのだ。

淡々としたような作りは、実は呆然とした様を映したものだろうか。痛みはほんとうなのに、なす術なんて分からない。<ごっこ>にしか過ぎなかったのだから。こうして思い返すのはただただ辛い。

この静けさは終りに特有だ。

個人的な話で申し訳ないのだが、この歌が自分の体験に重なって、当時ほんとうに心が痛んだ。その時期は、歌詠みとしての僕の原点と近い。
同じような救いのなさを、その人だけの言葉で、けれどもあまねく共有されるべく、掬い上げることができる。短歌が救いを担うとしたら、これはその一つであると思う。

笠木拓 (2006年9月15日(金))