西之原一貴 『京大短歌』 13号
頬に風受けつつ走る今もまた何かを忘れてゆくのだろうか
忘却は常に起こっているものではあるが、それを意識する事はない。
せわしなく人は何かを感じ、考えている。
歌には何も書かれてはいないが、私は自転車に乗っている姿を想像した。
ある一定のリズムでペダルをこいで行く。ほとんど何も考えない。
ただ景色だけが目の前に展開されていく。見慣れた景色ならば、何も感じないことだろう。
頬にあたる風の柔らかさは、思考の停止を促す。とても、心地良い瞬間である。
そんな時、ふとぼんやりと思い出した忘却という工程の存在。忘却は常に自分にあった。
「今もまた何かを」という表現は的確で、脱力感を感じさせる。
実際、この一首を詠んだだけでとてもリラックスできた。
作者のいぶし銀のような秀作。
北辻千展 (2003年9月1日(月))