一首評〈第162回〉

髙瀬一誌『喝采』(短歌新聞社、一九八二)

のけぞるかたちの木一本ぞいま月光はほしいままなる

高瀬一誌の第一歌集『喝采』の巻頭歌である。「のけぞるかたちの/木一本ぞ/いま月光は/ほしいままなる」というように八、七、七、七のリズムで初句が八音になっており、第三句の五音が欠落している。高瀬一誌特有の韻律である。
 のけぞるようなかたちの木が一本ある。今夜の煌々と輝く月光をその木がほしいままにしているように見える。それを実際に見ている主体がいるというよりは、三人称の語り手が舞台に木や月光が設置していくイメージだ。登場するのは木と月だけで、景としてはシンプルなのにも関わらず、なんて劇的に見えるのだろうか。五音におさまらない初句と欠落した三句目が、そしてひらかれた「ほしいままなる」が一首全体の全能感を押し上げている。「のけぞっている」ともできたはずだが、「のけぞるかたちの」とすることで、また二句目「ぞ」を効かせることで木の輪郭がくっきりと説得力を持って浮かび上がってくる。高瀬一誌の強力な演出力を存分に味わえる一首だ。

寺元葉香(2024年10月4日(金))