一首評〈第160回〉

笹井宏之『てんとろり』

天国につながっている無線機を海へ落としにゆく老婦人

 老婦人は大事な誰かに先立たれたのだろう。愛した人や親戚、友人などが考えられる。もしかしたら、ペットかもしれない。私は夫と読んだ。そして老婦人は、いつも先立った夫のことをおもっているのだろう。例えば、朝に独りには少し広い居間で紅茶をすすりながら。そんな思いを馳せる行為が、現世と天国の無線機による通信に例えられている。無線機という少数の人と音のみでリアルタイムでしかやり取りが出来ないところに、スマホとは違うささやかさがある。

 そんな老婦人ももう長くないとなにか悟ったのだろう。天国に行けば無線機は無くても、夫とやり取りは出来るので、海へ無線機を老婦人は落としにゆく。「捨てにゆく」のではなく「落としにゆく」。老婦人の体力の衰えも読み取れはするが、それより天国の夫とのやり取りを支えてくれた無線機への感謝や老婦人の優しさが見える。海という命と結びつきの強い場所に無線機を落とすことで、老婦人が死後も夫との天国での新たな生活を確かに願っている。広い浜辺にて空高い月に照らされた老婦人の丸い小さな背中に、人生の最終版へ没入させられる。         

森井翔太 (2024年3月17日(日))