一首評〈第4回〉

小島一記 『京大短歌』 13号

靴紐を直す背後の噴水に晩夏のいわし雲がかぶさる

背をかがめている人間の向う側に、大きな景が重層的に配置されている。
ここでは、大きな景の前に屈んでいる人間の姿を見ている「私」の存在も忘れてはならない。
靴紐を直している人物の視野の外に大きな景が広がっているように、「私」に見えないところにもまた広大な〈世界〉が存在しているということ。
そのことに気づかされた「私」の焦燥が言外に感じられる。
夏から秋へむかう時の流れとそこにある風景の前に、「二十歳」の「私」は成す術もなく佇むことしかできずにいるのだ。

西之原一貴 (2002年9月1日(日))