一首評〈第46回〉

塚本邦雄 緑色研究

雉食へばましてしのばゆた娶りあかあかと冬も半裸のピカソ

第五歌集の巻頭歌。
「娶る」とは、塚本の主要なモチーフのひとつだが、

 水球ウォーター・ポロの青年栗色に潜れり 娶らざりし da Vinch
 光る針魚さよりより食ふ、父めとらざりせばさはやかにわれ

「娶らざる」神聖さが、「われ」ときびしく対置されて詠われることが多かった。しかし掲出歌においては、そのどちらにも属さない、(正式に結婚したのは二度とはいえ)生前おおくの女性と愛し合ったパブロ・ピカソが描かれている。なぜか。

(#この歌集には、塚本が自註をほどこした「緑珠玲瓏館」という本が別にあり、そのなかに「私はピカソが嫌ひである。(中略)にも拘らず圧倒される。」という記述がみられる。)

「緑色研究」とは、塚本の言葉を借りれば「銅の生む緑青の、鮮やかに暗い毒の本質を通して、人の内なる本質を探らうと」してつけられた標題だが、このピカソはあきらかに、毒どころか、「あかあかと」した生のひかりに満ちている。
「明かし」と「赤」は語源を同じくするのは、いうまでもない。
みずからの「緑」からなる「萬緑叢中」の世界のはじめに、塚本は補色としての「赤」を置いたのである。自解にあるように、茂吉の「赤光」が意識されている。

雄の雉は首から下は暗緑色だが、頭は赤い。それを「食ふ」というのだから、塚本の初二句にこめた意図は明快だろう。なお一首は、山上憶良の「瓜食めば子ども思ほゆ栗食めばましてしぬはゆ」から意匠を借りている。

下里友浩 (2006年4月22日(土))