一首評〈第154回〉

光森裕樹 『鈴を産むひばり』

ゼブラゾーンはさみて人は並べられ神がはじめる黄昏のチェス

少しの想像によって、ありふれた風景が全く違って見えるときがある。

 通学路で不意に「これは夢かもしれない」と気づくとき。空き地に広げた段ボールのうえで海賊ごっこを始めるとき。友人の視界では「赤」と「緑」が逆転しているのではないかと疑うとき。

 目の前の風景はいつも通りに流れているはずなのに「普通」が引っくり返されるという魔法が時々起こるのである。

 そのような魔法の一つ、特に鮮やかな一つがこの歌だ。

 夕暮れどきの横断歩道[ゼブラゾーン]で今日も信号待ちをしている。青になれば両岸の歩道から人々が動きはじめる。ごくありふれた風景。

 ところが実は、信号待ちをしている人たちは神が並べた駒。ゼブラゾーンをチェス盤にして、神々は思いのままに駒を操って遊んでいる。

 自ら歩いていると思っていても、気まぐれな神が描く運命のまま歩かされているにすぎない……。

 いつもの横断歩道が、もはやチェス盤にしか見えなくなってくる。

 このような魔法は時に楽しみを、時に少しの不安を私たちに与える。

武村みこ (2019年9月20日(金))